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労働者派遣法の歴史から学ぶ、高度プロフェッショナル制度の行く末

労働者派遣法の歴史

【労働者派遣法に関連する規制の変遷ポイント】

<時系列>
・1985年(昭和60年)労働者派遣法制定
・1986年(昭和61年)労働者派遣法施行
・1986年(昭和61年)労働者派遣事業と請負の区分に関する告示
・1996年(平成8年)改正労働者派遣法施行
・1999年(平成11年)改正労働者派遣法施行
・1999年(平成11年)派遣元事業主が講ずべき措置に関する指針
・1999年(平成11年)派遣先が講ずべき措置に関する指針
・2000年(平成12年)紹介予定派遣の許容
・2004年(平成16年)改正労働者派遣法施行
・2006年(平成18年)偽装請負に関する通達
・2007年(平成19年)改正労働者派遣法施行
・2007年(平成19年)請負ガイドライン
・2008年(平成20年)日雇派遣に関する省令、指針
・2009年(平成21年)派遣元・派遣先指針の改正
・2009年(平成21年)一般労働者派遣事業の許可基準の見直し
・2009年(平成21年)労働者派遣事業と請負の区分に関する疑義応答集
・2010年(平成22年)政令26業務に関する指導監督指示
・2012年(平成24年)改正労働者派遣法施行
・2012年(平成24年)請負に関する告示
・2013年(平成25年)労働者派遣事業と請負の区分に関する疑義応答集(第2集)
・2015年(平成27年)改正労働者派遣法施行
・2015年(平成27年)労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律(同一労働同一賃金推進法)成立
・2015年(平成27年)労働契約申込みみなし制度開始

 

(参考)http://www.bizlaw.jp/businessissues_koyou_03_01/

国会で労働者派遣法はどのように語られてきたか

労働者派遣法制定まで

 本法案は、幾千万の我が国労働者の基本的人権や労働条件にかかわる重大な法案であります。それは、戦後営々として労働者が築き上げてきた民主的労働法制を根底からゆがめ、資本の飽くなき合理化と利潤追求の前に無権利状態の労働者を大量につくり出すものであります。

これが全労働者の労働条件の劣悪化を招くことは必至であります。

ところが、これほど重要な法案であるにもかかわらず、我が党の本会議趣旨説明要求を封殺した上、本院社会労働委員会における審議時間はわずか十三時間、まだまだ重要問題が解明されていないにもかかわらず、我が党以外の合意で審議が打ち切られたことは、国権の最高機関である国会の責任をみずから放棄するものであり、怒りを禁じることができません。私は、まずこの点について厳しく指摘するものであります。

 

昭和60年06月07日参議院本会議

日本共産党 安武洋子議員

これは、高度プロフェッショナル制度への反対討論ではない。の、労働者派遣法への反対討論である。当時、共産党以外の野党は一定程度この法案に対して理解を示していた。

 対象業務は、当初の四業種から十四業務に増加しておりますけれども、本法案では、特に限定する規定はなく、今後、政府の定める政令によって広く対象業務とされる可能性が残されているのであります。対象業務は法律上明確にし、最小限に限定すべきであります。我が党は、技術革新に対応するソフトウェア業務に限定すべきことを提案してきたところであります。

 

昭和60年06月07日参議院本会議

日本社会党 高杉廸忠議員

労働組合の中では、 労働者派遣法に対して好意的な意見が多かった。これは、すでに法案成立前に「偽装請負」という形で、労働者派遣事業が存在したことに起因する。

つまり、労働者派遣法は、少なくとも労使合意の上で、労働者保護のための法律として始まった。

また、この時は、13業種のみの解禁であり、ネガティブリスト(特定の業種のみの解禁)だった。

しかし、共産党などを含め、すでにこのときから懸念する声はあったようだ。

 それから労働組合の問題でございますが、我々労働者派遣法案というものを長い間ぜひ成立をさせてほしいということでやってまいりました。ただ、労働組合間の中で、労働者派遣法案につきましては反対する労働組合もございます。

 

昭和60年02月27日 参議院 国民生活・経済に関する調査特別委員会

全日本電機機器労働組合連合会(電機労連)政策企画局長 阿島征夫氏

 私たちの法律事務所には数十人の法律家がおります。たくさんの派遣労働者の諸君が相談に来られます。その中で私たちが知ったことは、派遣労働者の身分が極めて不安定であり、いつやめさせられるかわからない。中間搾取がひどく、賃金が安過ぎる。コンピューター関係などでは特に超過密労働になっており、一番極端な場合には月間三百三十四時間という残業、百時間を超える者はざらだという状態になっている。

 

このままだと三十代半ばでスクラップ化するんじゃないかという危険を彼らは訴えているわけです。もし労働者派遣法がその目的のとおり派遣労働者を保護するというのならば、こういう実態を私は抜本的に解決するものでなければならないんじゃないかというふうに思うわけです。

 

昭和60年05月29日 衆議院 社会労働委員会

参考人 坂本修弁護士

対象業務の拡大(平成八年)、原則自由化(平成十一年)

それ以降、労働者派遣は、順次拡大されていく。

八五年に政府は、この労働者供給事業を一部合法化するということで、労働者派遣事業を制度化してしまったわけです。いわば違法状態を放置してそれを追認する、こういうのが当時の労働立法の態度であったというふうに思います。

 

 労働基準監督、派遣労働者を特別に対象にした労働基準監督が行われたという報告を私は知りません。労働基準監督官の知り合いの人に聞きますと、もし派遣労働者について監督をすれば労働基準法違反がもう山のように出てくる、そうすると通常の監督業務ができない、だからいわば手を触れないでおくんだというふうなことを聞いているわけです。

 

平成11年05月11日 衆議院労働委員会

脇田滋参考人(龍谷大学法学部教授) 

しかし、連合の動きは必ずしも明確ではなく、派遣労働者の労組加入が少ないことからも、結果的には政府を追認する形になっていった。 

 結論といたしましては、そうしたいろいろのニーズにこたえる必要はあるけれども、今回の改正問題につきましては最低限の基準を決めるということで、労使の力関係が現在明らかに大きな差がある以上は、弱い立場の労働者保護という政策の視点でこれを制定しなければならないということを考えているということであります。

 

平成11年05月11日 衆議院労働委員会

松浦清春参考人(連合 総合労働局長) 

 

また、当時は「派遣」や「非正規」などに対して、現在ほどネガティブなイメージがなかったほか、失業率の上昇などの地合いも重なり、今ほど大規模な反対運動がなかったようだ。


 三月の失業率が御存じのように四・八%となりまして、過去最高を更新しておりますが、私は、我が国がこのまま高失業社会に向かうことは、経済的にも、また社会的にも、将来大きなコストを負担することにつながることになると考えておりますし、これを回避するために労働力需給調整機能の早急な整備が不可欠であると考えております。

平成11年05月11日 衆議院労働委員会

 柳本卓治衆院議員(自由民主党)

日雇い派遣の禁止など事業規制の強化(平成24年)・派遣事業は許可制に、原則上限三年へ(平成27年)

その後、非正規の増加などに従って、民主党政権・自民党政権の元で一定の規制が強化され、いわゆる三年ルールなどが設定された。

三年ルールが想定通り正規への転換になりうるか注目されたものの、雇い止めなどが大規模に起こるなど社会問題化している。

 

派遣法から考える高度プロフェッショナル制度

労働者派遣法は、当初すでに横行していた人貸しビジネスの労働者保護という名目で始まった。

それは、終身雇用の崩壊などでより流動的な雇用を求める経済界の要求、自由を求めた労働者の幻想、派遣労働者を軽視した労働界の弱腰によるものだ。

また、その規制は小泉政権下などで段階的に緩和され、非正規率の上昇と雇用の不安定化をもたらした。

 

高度プロフェッショナル制度は、すでに産業界から緩和が求められており、段階的に今後年収要件などの緩和の声が上がるのは間違いないだろう。

一つわかることがある。一度作られた法案というものは、いずれにせよ、取り消すことが極めて難しいということだ。

 

賽は投げられた。賽が地面に落ちてしまうかどうか、国会は今そのような瀬戸際にあるということを理解していただきたい。