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憲政史上最悪の国会答弁の声も?総理の「読売読め」を許してはならない理由とは

安倍総理の答弁は、なぜ「国会史上最悪」とまで評されたのか?

小沢一郎(事務所)がこのような形で総理答弁を批判した。かなり強い言葉を使っているが、基本的な見解は全く同一である。他の野党議員も、文言は違えど今回の発言を批判している。

今回の総理答弁は拙劣であり、今まで聞いたことが無いほど酷いものだ。

 

今回は、なぜこの総理答弁が憲政史上に残る醜悪な答弁であるのかを書く。

(追記)予算委員会の基本的なあり方について

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実際の答弁内容

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この答弁が最悪である四つの理由

議事録に残らない

国会とは何か。それは、議員と政府が質問と答弁をする中で、議事録を積み上げ、見解を統一する機関である。議事録は先例となり、どのような政党が与党になろうとも、政府の継続性を担保することになる。

首相が読売新聞に何を語ろうが、それは政府の公式見解として議事録に残るわけではない。だから、責任を取る必要はない。

安倍総理は「党内でリーダーシップを取る必要がある」と述べた。しかし、読売新聞は当然党員や政治家だけではなく、一般の国民が見るものだ。

国民に向けて語るなら、同時に発言に対して責任を取る必要があるだろう。

 

政府見解でないので、後からいくらでも弁解可能

上にも書いたように、これは公式の議事録に残るものではない。更に安倍総理いわく、これは総裁、つまり公人ではなく私人としての見解であるようだ。

私人の見解であれば、後からいくらでも変えることが出来る。議事録との整合性を取る必要もない。「あの時はああ思っていた」といえばいいだけだ。

そもそも、インタビューは自分の言葉ではない。あくまで総理の言葉を記者が「汲み取って」文字にしたもので、文責は記者にある。「私はこう言ったが記者が間違えて書いた」ということも出来る。

 

「公式な政府見解は出せないから」というのが総理の説明だが、であれば当然、「首相インタビュー」という名前で憲法改正について自説を述べるべきではないだろう。

――衆院解散の制限の議論も出ている。野党には69条の衆院解散に限るべきだとの意見がある。

私は総理大臣として解散する立場だ。意見を述べることは差し控える。 

また、総理はこのように、答えづらい質問については「総理大臣として」と述べている。そんなに総理と総裁というのは便利に使い分けられる人格なのだろうか。(というか、そもそもタイトルが首相インタビューであるのだが…)

報道の公平性の点で疑問が残る

そもそも、なぜ読売新聞だけなのだろう?憲法改正は国民的に関心の高い争点であり、当然、総理大臣の見解は、国民全員が知る権利がある。

報道の公平性という点で、一企業に特権的な取材権を与えれば、彼らが事実上の「広報誌」化してしまう可能性がある。

 

もちろん、個別企業やメディアのインタビューを全く受けてはいけない、ということではない。しかし、それはあくまで国会で誠実に質問に答弁するという前提があってなりたつものだ。

何か質問を受けて、自分たちと関係の深い新聞社の記事を読むように答える、というのは理解しがたい対応である。

そもそも私企業の宣伝である

このインタビューは、驚くべきことに読売新聞のプレミアムサービスに加入しなければ読むことが出来ない。

これは、私企業の宣伝である。憲法改正についての見解を国会で問われ、ネットで無料公開しているわけでもない記事を読め、といっているのだ。

 

トランプ政権のスポークスパーソンであるコンウェイ上級顧問が「イヴァンカ・トランプのブランドを買おう」と言ったのと酷似している。

www.huffingtonpost.jp

 

こんなことは通常ありえない。利益誘導以外の何物でもない。 

総理インタビューの発言についての見解

総理は、読売のインタビューの中で下記のように述べているようだ。

かつて憲法には指一本触れてはならないといった議論もあったが、「不磨の大典」と考える人は少なくなってきた。だからこそ「護憲派」は、憲法審査会で具体的な議論に入ることを恐れていると思う。

 

しかし、そもそも憲法改正に関する議論は、全く深まっているとはいえない。

 「護憲派は具体的な議論を恐れている」と総理は述べておられるが(総裁、とお呼びしたほうがよいのか?)、具体的な議論を恐れておられるのは総理の方ではないか。

安倍総理の答弁は基本的に的を射ていないことが多いが、答弁しないよりはよほど答弁した方がいい。総理大臣が「二〇二〇年までに憲法改正を目指す」と言ったなら、その答弁は詳しく国会で精査されなければならないのだ。

 

これまで、沢山の酷い答弁があった。しかし、それらの答弁は国会で追求され、宰相が責任を取ることで、(卑近な言い方をすれば)落とし前をつけてきた。

しかし、安倍総理は、自らの言葉に対して責任を取ったり、国会で追求されることすら認めようとしない。

 

安倍総理は「責任」という言葉が大変お好きだ。一次政権の時から一貫してそうだったと記憶している。しかし、安倍総理ほど自身の職責を軽視されている宰相がかつて存在しただろうか。

国会に、このような答弁を残してはならない。これは、憲政の汚点となる。

安倍三代

安倍三代

 

 

【国会書き起こし】安倍総理、憲法改正の質問に回答せず「読売新聞を熟読しては」

安倍総理大臣が、憲法改正についての姿勢について国会で問われ「新聞を熟読してほしい」と答え、議場が一時騒然となった。

 

www.youtube.com

 

 

2017年5月8日 衆議院予算委員会長妻昭議員の質問(抜粋)

 

長妻昭 議員

2020年までに新憲法の施行をめざす」ということですが、真意を伺いたい。

 

安倍 総理

この場には内閣総理大臣として立っているわけでございまして、予算委員会は政府の予算についての議論をする場です。憲法については、憲法委員会で議論していただきたい。

 

長妻 議員

なんで国会でおっしゃらないんですか?

 

安倍 総理大臣

ビデオメッセージは、自由民主党総裁としてお話をさせて頂いたわけです。質問にお答えする義務があるのは、内閣総理大臣としての責任における答弁に限定させていただきたい。

 

長妻 議員

自民党の憲法審査会の理事である船田さんももっと慎重にしてほしいとおっしゃっている。一切ここでおっしゃらずに、報道や議論ではどんどん発言される、そのやり方には違和感を感じる。締め切りを求めるのもいかがなことか。法制局長官、今の自衛隊は違憲ですか?

 

横畠 法制局長官

政府として、一貫して憲法に違反するものではないと解してきております。

 

長妻 議員

総理が一切おっしゃらないので、法制局長官に聞くしか無いんですがね。総理は一項二項は残して、三項に自衛隊を加えるとおっしゃっている。法制局長官に伺いますが、仮に今の憲法に自衛隊を位置づけると、今と全く変わらないということでいいんですね?

 

横畠 法制局長官

憲法改正をめぐるご議論だと思いますが、憲法改正については、国民、特に国会のご議論を待ちたいと思います。

 

長妻 議員

判断しようがないですよね、憲法審査会にも何もない。一般論ですが、仮に今の憲法9条の条文に自衛隊を加えると、どうなりますか?

 

横畠 法制局長官

まさに国会でご議論頂くことだと思っています。

 

長妻 議員

憲法審査会で議論しろと言っても、憲法審査会の与党の議員が、総理の話をすべて把握しているとも思えない。非常におかしな説明だ。

 

長妻 議員

総理にもう一回ご質問しますが、自民党憲法草案の、例えば国防軍や、公共の福祉を交易及び公の秩序に変えるとか、九十七条をバッサリ削除するとか、こういった三つの観点については取り下げるという認識でよろしいんでしょうか?

 

安倍 総理大臣

繰り返しになるんですが、ここに立っているのは内閣総理大臣として立っているわけでございまして、自民党総裁としての考え方は相当詳しく読売新聞に書いてあります。ぜひそれを熟読していただければ良いんだろうと思います。

 

長妻 議員

新聞読めって、そんな馬鹿な話はないだろう!

 

(議場騒然)

 

 

安倍総理の答弁

予算委員会において、安倍総理は議員の憲法改正についての姿勢を問われ、一民間の新聞社である読売新聞の名前を上げ、「答弁する必要はない」「考え方は新聞に書いてある」と回答した。

これは、議会制民主主義の理屈から言えば、ありえないことだ。理解しがたい答弁だ、と言ってもいい。

 

予算委員会とは

慣例的に予算委員会は、あらゆる種類の質問を行うことが出来る委員会である。 

予算委員会は、所管事項として「予算」とのみ記載されており、そして当然のことながら、政府の行うあらゆる行動は予算が関わってくる。

衆議院規則

 

予算を執行する大臣に不適切な人間が登用されている可能性がある。当然、資質を問うことも予算委員会の所管事項である。

憲法自体も、例えば実際に国民投票を行えば予算が関わる。これも、予算委員会の所管事項になる。

このように、予算委員会で幅広な質問をすることは、慣例的に言っても、また衆院の規則から言っても全くおかしいものではない。

 

新聞のインタビューは国会答弁と同値ではない

国会とは、答弁を通じて政府の監視を行う場所である。当然、民間のメディアにおけるインタビューとは全く性格の違うものだ。

読売新聞がどれほど清廉潔白な新聞社であるとしても、特定の新聞社がインタビューに応じた無いようというのは、あくまで経済活動の中で行われている。

 

また、当然のことながら、民間の新聞社が行う以上、そこにはバイアスや脚色が存在する。

総理大臣が特定の新聞社だけのインタビューに答え、何を聞かれても「それは新聞社に話したからここで話す必要はない」などということを言うのであれば、日本は議会制民主主義の大前提を失うことになる。

 

答弁に関して答えず、紙面にすべてを語るなら、もはや一日に億単位の経費をかけて国会を開催する必要など、ないではないか。

総理が認めたお気に入りの新聞社だけに、今年の政策はどうする、などと述べておき、質問は聞かず、紙面を読め、と言っておけばいい。

 

民主主義の基本は、情報の透明性と議会へのリスペクト、そして憲法の遵守である。残念なことに、今の政府にその三つの要素は、全て欠けているようにみえる。

 

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「憲法九条、一項二項を保持して自衛隊を明記」目的無き九条改憲案の意味とは?

安倍晋三総理大臣の不思議な改憲案

今回安倍総理が表明した改憲について、なぜ安倍総理が改憲を求めるのかを論理的に考えていく。

 

憲法とは何か

近代立憲主義の立場から

憲法とは何か、という問いに対して、近代立憲主義の立場から答えるのであれば、それは権力を縛るものである、ということになるだろう。

一項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

上記の日本国憲法九条・一項及び二項は、国家権力に対して、戦力を保持する、という権利を禁じている。

 

安倍総理の見解

ところで、安倍総理はこのように答弁している。

憲法とは、国家権力を縛るだけのものではなく、理想とする国の形を示すもの

平成26年2月3日 衆院予算委員会

この答弁は大変批判されたが、部分的には正しい。

少なくとも、九条の中にある「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」は理念であり、理想主義を示すものだ。

 

憲法九条とは「交戦権や戦力の保持を国家権力に禁ずる」という近代立憲主義の機能と、「理念としての平和探求の宣言」の両方をその条文で示している、といえるだろう。

 

安倍総理の改憲案とは

安倍総理のビデオメッセージにおける発言を見てみよう。

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首相は改正項目として9条を挙げて「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」との考えを示した。

 

憲法9条について、首相は「多くの憲法学者や政党には自衛隊を違憲とする議論が今なお存在する。あまりにも無責任だ」として、自衛隊の根拠規定を9条に追加すべきとの考えを強調

引用したとおり、安倍総理は「自衛隊が違憲であるとの議論が存在する」ので「九条の一項及び二項を保持したまま、根拠となる条文を書き込む」と述べている。

 

自衛隊の違憲論とは

自衛隊の違憲論とは、下記の九条二項の条文を根拠にしている。

二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

これは、素直に読めば、あらゆる種類の武力の保持を禁じているように見える。

 

「自衛隊は自衛のための必要最小限度の戦力であるから、これは憲法上禁じられた『戦力』ではないのだよ」というのが政府の見解である。

それに対して、「いや、『陸海空軍その他の戦力は保持しない』と書いてあるんだから違憲だろ」というのが違憲論者の意見(わかりづらい)である。

 

政府見解は下記の質問主意書にもある。

防衛省・自衛隊:軍隊、戦力等の定義に関する質問に対する答弁書

憲法第九条第二項は「陸海空軍その他の戦力」の保持を禁止しているが、これは、自衛のための必要最小限度を超える実力を保持することを禁止する趣旨のものであると解している。

自衛隊は、我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織であるから、同項で保持することが禁止されている「陸海空軍その他の戦力」には当たらない。

これは、「ガラス細工」とも表される異例な論理構成ではある。ただ、元々自衛隊は警察予備隊として発足している。常識的に考えて、九条二項が警察組織のような実力組織を禁じているとは考えづらいので、その延長線上に自衛隊が存在する、というのが基本的な概念だろう。

 

この見解は、共産党を除くすべての党が受け入れている。

 

二項を残したまま自衛隊を明記する意味

憲法とは、先に述べたとおり基本的には権力を縛るものである。つまり、「戦力を保持してはいけない」という権力に対する禁止事項が立憲主義的な意味での憲法の骨子である。

しかし、日本国政府は一貫して「自衛隊は違憲ではなく、九条二項は自衛隊を禁止しているものではない」と述べてきたわけだ。

仮に安倍総理、あるいは現在の内閣がその政府見解を引き継いでいるのであれば、憲法上自衛隊を位置づける必要はまったくない。

 

これは、例えば海上保安庁や警察庁などと比較してみればいいだろう。海上保安庁はしきしま型巡視船など、兵装を有した船舶を保有している。しかし、例えば憲法上に海上保安庁の存在を明記しなければならない、という議論は起きたことが無いはずだ。警察も銃器を保有しているが、同様だ。

つまり、武力を持った実力組織そのものは憲法九条が禁ずるものではなく、あくまでその程度によって違憲か合憲かが決まる、と考えるのが合理的である。

 

例えば新規で航空母艦を導入したり、他国の紛争に直接関与し、武力を行使すれば当然九条一項・二項に照らして違憲ではないか?という議論は出てくるはずだ。

つまり、安倍総理が言う「自衛隊を違憲とする無責任な議論」は、九条二項という根本の条文が変化しない限りは、自衛隊の行動や装備いかんによってあらゆる場面で起こりうるのである。

 

国防軍の創設をうたった自民党改憲草案

賛否は別にして自民党改憲草案による「国防軍の創設」の方が、論理はシンプルである。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。

 

前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

 

我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。

自衛隊を軍隊として位置づけ、自衛権を明記し、九条二項を削除する。上記の文面は少なくとも、九条二項を残したまま自衛隊を明記する、という奇怪な案より遥かに明確だ。

この案であれば、現状懸念されている軍事裁判所の存在や、軍法の設定なども行うことが出来るわけで、憲法改正の意味は通る。

 

安倍総理の狙いとは?

さて、まとめるとこのようになる。

  • 自衛隊違憲論は、戦力不保持をうたった九条二項が原因
  • 自衛隊は戦力ではない、というのが政府の公式見解
  • その見解を保持する限り改憲は不要
  • 仮に憲法上位置づけたとしても、戦力不保持との齟齬は常に残る可能性がある
  • 憲法上、自衛隊をどのように位置づけても九条一項・二項の制約は残る

このように、一項と二項を残したまま自衛隊を三項で位置づけることは、一見特に理由があるように見えない。


戦後、一貫して自衛隊の合憲論を唱えてきた自民党が、まるで違憲論に一理があるかのような形で改憲するのは大変不思議な事だ。100%合憲ならば改憲などする必要が無いはずだろう。

石破茂氏の発言を見る限り、党内でもコンセンサスが取れていないように見える。

news.livedoor.com

 

とすると、このような形の改憲の本質的な価値とは、たったひとつ「九条の条文を変更すること」そのものにあるのではないか?と考えざるを得ない。

いや、これはあくまで邪推である、というなら、九条一項・二項を保持したまま自衛隊を憲法上位置づけることで可能になることは何か、ぜひ国民に説明いただきたい。

 

合わせて読む

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教育無償化のために改憲する必要は一切ない

昨日に引き続き憲法のことを書く。

国会・政治クラスタにとっては「何を今更」という当たり前の話をする。(この記事も、基本的には話されてきたことや、メディア報道の焼き直しであることを承知されたい)

まず、教育無償化を憲法に書き込む必要性は全くない。憲法はあくまで権力を縛るものであり、教育無償化を感ずる憲法上の制約はない。

だから、教育無償化自体は、今すぐ自民党が法案として提出して、財源さえあれば実現可能なのだ。それで終わり、の話ではあるのだが、もう少し書こう。

 

自民党と高校無償化

そもそも、自民党は民主党政権時代の高校無償化に強く反発していた。高校無償化法案自体もはねつけてきた歴史がある。

 

www.jimin.jp

その骨子は(1)所得制限を設ける対象を世帯年収700万円以下に絞っても高校生の5割をカバーすることができる。そのうえで、(2)私立高校生の負担を軽減するため低所得者世帯を中心に公私の授業料の差額分を支給する(3)高校生を対象にした返済義務のない新たな奨学金制度を創設する(4)所得制限により単純増税となる世帯への負担緩和措置を設ける――の4点。

 

その基本的な考え方は、本当に支援が必要な家庭に対し手厚く支援することにある。わが党の試算によれば、2000億円で、これらの効果の高い政策が実行できる見込みだ。これに伴い現行の高校授業料無償化は廃止される。

資源のないわが国にとって、次代の人材を育成する教育は極めて重要だ。わが党が目指すのは世界トップレベルの学力と規範意識を養成し、日本文化を理解し、継承・発展させることができる人材を育成することにある。そのためには、限られた財源を有効に使うことが不可欠だ。

機関紙「自由民主」第2498号掲載より引用

その言葉通り、安倍内閣はその後、高校無償化に所得制限をつける改正案を閣議決定している。

 

www.nikkei.com

 

もちろん、自民党の対案自体には検討の余地がある。所得制限をつけるかどうか、というのは国論を二分するような議論に成ったことは記憶に新しい。

しかし、「高校生の五割に対する助成と奨学金の拡充」は、無償化と言うには程遠いものだろう。

更に、いわゆる「教育無償化」とは、高校だけではなく、大学までを含むものである。当然、高校無償化とは比較にならないほどの金額が必要になる。

 

当然、財源もまだ明確に固まっているわけではない。

www.newsweekjapan.jp

 

過ちを改めるに越したことはないが、なぜ二千億円の教育に対する支出を拒んだ自民党が、このような転換をするのか。一定の説明が必要ではないか。

 

なぜ大学の無償化に憲法の改正が必要なのか

高校無償化に反対するという意見は、その意見自体に対する賛否はともかくとして理解可能である。

しかし、教育無償化は、憲法改正してからでなくては実施できない、というのは、論理構成的に全く理解できない。

そもそも、理念法としては下記のように憲法二十六条が存在する。

第二十六条  すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

もちろんこれは具体的に無償化を意味しているものではないが、当然、教育を受ける権利が、所得の低さなどによって阻害されているとすれば、それを補助する義務が国に課せられている、と考えるのが自然ではないだろうか。

 

 

今こそ大学教育無償化のチャンス

と、いいつつ、実はこのような議論は、教育を変える一つのチャンスであるとも考えている。つまり、改憲のために教育無償化を言い出してしまった以上、自民党としても教育無償化に本腰を入れざるを得ないからだ。

だからこそ、憲法改正よりも先に、実施法を制定するのが筋ではないだろうか。本当に大事なことであるのであれば(そしておそらく大事なことであると思う)、当然法律にすぐ落とし、なるべく早く大学授業料の無償化を実現すべき、という話になるはずだ。

実は、かつて高校無償化制度に深く関わった鈴木寛氏は、いま文部大臣補佐官に成っている。

公立高等学校の授業料無償化 | 鈴木寛(すずきかん)公式サイト

一日も早い実施法の制定を期待したい。

 

改憲は本筋の議論なのか?

再三述べているとおり、そもそも教育無償化は法律ですぐにでも実施可能である。しかしながら、財源の問題など、まだまだ山積する課題があるからこそ、丁寧な議論の積み重ねが必要なのではないだろうか。

 

改めて申し上げる。憲法を変えることが自己目的化してはいないだろうか?

「改憲しなくては教育無償化出来ない」というのは全く本筋の議論ではないし、そのような形で大学教育への助成などが十分に行われないのだとすれば、これは本末転倒である。

国民投票にも税金がかかる。国会でわざわざ憲法に入れる入れないの話をすれば、それも税金がかかる。

高校無償化を改正した自民党が賛成に回った以上、教育への予算の増加に反対する党は今のところ無いはずなので、今実施法を提出いただければ、すぐにでも実現する話ではないのだろうか?と申し上げておく。

 

憲法九条改正は全く不要である

 

日本国憲法第九条

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

憲法記念日の今日、安倍晋三総理大臣は、二〇二〇年に憲法を改正する、という意向を表明した。

www.asahi.com

 

本来国民の付託に答えて発議されるべき憲法改正の意向を総理大臣が発するのはさっぱりわからないが、ともあれ安倍総理は悲願である憲法九条を改正できると、意気込んでいるようだ。

しかし、憲法九条というのはそんなに大事なものだろうか?九条が変われば、日本は何か新しく素晴らしい国家へと生まれ変われるのだろうか?

憲法九条は、こう申し上げて適切かわからないが、理念法である。その文面は平和を希求するものであれ、自衛隊の存在を否定していない、というのが政府解釈であり、ほとんどの政党が認めた憲法解釈だ。今現在自衛隊が存在する以上、九条があろうがなかろうが、決して日本の国家の防衛力が変わることはない。

現状で既に自衛隊が存在する以上、憲法九条は現状の防衛力を削ぐものではないはずだ。

 

北朝鮮のミサイルは、九条がなければ撃ち落とせるようになるのだろうか?そんなことは防衛のリアリズムを欠いている。

 

なぜ、日本最大の課題がまるで九条であるような言論が、多くの保守派の方々の口から出てしまうのだろうか?

 

あえて申し上げるなら、日本最大の課題は、重要な憲法の条文が守られていないことにある。

日本国憲法第十四条

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 

未だに日本では、人種差別、女性への不当な取り扱いが終わっていない。男女共同参画社会、という理想はまだ全く実現していないのだ。

 

日本国憲法第二十五条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

日本の貧困は拡大し続けている。長時間労働も決して改められていない。国民全員が「健康で文化的な最低限度の生活」を営めているわけではない。

 

九条の改正で飯が食えるようになるわけではない。そんなことに、何故血道を上げ、人生の課題とばかりに時間と税金を浪費できるのか。そんなことに時間をかけられるほど、日本に時間は残っているのか?

 

2020年、日本の3割は65歳以上になる。

2050年、日本の人口は1億人を切っている。

 

滅びゆく国で、自主防衛だ、自主憲法だと威張ったところで、一体誰が聞いてくれるのだろう?

憲法二十五条に書かれた、「健康で文化的な最低限度の生活」を国家が保証するために、憲法に即した政策を政府が行うこと、それ以上に重要なことはあるのだろうか。

与党も野党も、今すぐ九条改正に関する議論は凍結すべきではないか。

憲法が国家を作るのではない。幸福で健やかで、生活を営む国民が憲法を作り、そしてそれが国家を形成するのだ。

 

憲法記念日こそ、あえて問い直す。我々国民は、九条の改正に時間と税金を使う政府に対し、十四条や二十五条の誠実な履行を求めていく必要があるのではないか。

 

www.yomu-kokkai.com

 

 

お詫び

一部画像・グラフについて、引用元を間違えて掲載し、また同時に適切な引用の基準を満たしておりませんでした。著作権者に深くお詫び申し上げるとともに、二度と無いように致します。大変申し訳ございません。

 

「治安維持法」はなぜ暴走したのか?

治安維持法を正しく知る

共謀罪法案は、しばしば治安維持法を引き合いに出して語られることがある。

しかし、治安維持法はその知名度に対して、必ずしも実体が認識されているとはいえない。

治安維持法とは

制定当時の条文

國体ヲ變革シ又ハ私有財產制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ處ス前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 

国体を変革し、または私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し、または情報を知って加入したものは十年以下の懲役または禁錮に処す。前項の未遂罪はこれを罰す。

制定当時の目的

治安維持法とは、上の条文にある通り、「国体を変革すること」と「私有財産制度を否認」を目的とした行為を罰する法律である。

当初この法案は共産主義のみを禁じるために作られた法律だった。

これは、普通選挙の導入と共に、当時台頭してきたソ連の影響を抑えようという目的があった。

 

当初、この刑罰は広く適用されていたわけではない。あくまで共産主義者のための刑罰だった。

当時の共産党は、今のように穏健なものではなく、議会制度の否定や暴力革命を目的としていた。その点で、当時の治安維持法が必ずしも悪法とはいえないだろう。

共産主義は、議会制民主主義の最大の敵だった のだ。

 

昭和3年(1928年)の緊急勅令

結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス

 

結社の目的遂行の為にする行為を為したるものは二年以上の有期の懲役または禁錮に処す

大きく治安維持法の色彩が変わったのは、昭和3年(1928年)の改正である。

これによって、結社の構成員であることを証明しなくても、治安維持法を適用できるようになった。

 

この改正は、極めて大きな意味を持つ。つまり、「国体変革」も「為にする行為」も、曖昧で、明確に定義された言葉ではないからだ。

どのような行為であれ、特高が判断すれば「国体変革の為にする行為」になりうる、という形で運用された。

 

条文自体も「国体変革」を明確にし、共産主義だけではなく国家転覆を目指すものを広く取り締まるようになった。

最高刑も死刑となった。

 

平沼騏一郎と検察組織

これは、検察官僚であった平沼騏一郎の強い意向が働いた、と言われる。

平沼騏一郎は、ジーメンス事件などを通じて政界に強い影響を及ぼすようになっており、田中義一内閣に治安維持法の改正を認めさせた。その後も帝人事件などで、権限を強めていく。

この改正と歩調を合わせるように、特高・検察の権限が強まっていく。1933年には小林多喜二が投獄される。

 

暴走する権限

その後、大多数の方がイメージするような治安維持法の運用が始まっていく。

大本事件のような宗教弾圧や、反戦主義者、自由主義者への弾圧など、特高の暴走はもはや歯止めの効かなくなっていった。

 

最終的に治安維持法を理由に七万人以上が逮捕され、苛烈な拷問を受けた。

 

治安維持法から我々が学ぶべきこと

曖昧な法令を残してはならない

治安維持法がこれほどの悪法と呼ばれるようになったのは、「国体変革の為にする行為」という、検察の恣意的判断によって判断しうる行為を有期刑の対象にした点にある。

法案にはこのような曖昧な文言を残すべきではない。

 

治安維持法は、当初共産主義の暴力革命を防ぐ、という目的を持った法案だった。しかし、改正される中、更には日本が全体主義に陥る中で、警察・検察にとっての魔法の杖になっていった。

そして、そのような運用を可能にした曖昧な刑罰法は、やはり問題であったと言えるだろう。

 

共謀罪との共通点

共謀罪は、「テロ行為」の「共謀」という、極めて曖昧なものを刑罰対象にしており、例えばテロの資金源になるような活動、あるいは下見などの実行準備行為が幅広に対象になっている。

これは、「国体変革」の「為にする行為」という改正治安維持法の条文のように、かなり曖昧で対象範囲が広い法案ではないか?

 

治安維持法が国家にとって都合の悪いことを目的とした活動を全て取り締まるようになったように、共謀罪も極めて広く運用されるのではないか?という懸念は払拭されていない。

 

一方、当然相違点もある。「テロリズム」あるいは「組織的犯罪」は、政府答弁により一定の見解が作られており、「国体変革」よりも絞られている。(これについては、緒方林太郎議員の質問主意書に詳しい)

第193回国会 147 テロリズムの定義に関する質問主意書

現状で抑制的な運用がされているとは言え、これはあくまで慣例として適用されているものだ。「組織的犯罪」あるいは「テロリズム」の定義がより広がらないとは限らない。

 

当時問題になったのはむしろ特高の過酷な取り調べである。この点については、近代国家なら流石に拷問まで行うようなことはないはずだ。

 

拷問の禁止

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しかし、一点気になるのは、自民党の憲法草案において、下記のような改正が行われているところだ。

現行憲法では「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」となっているが、自民党の改正草案では「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する」となっている。ポイントは「絶対に」という言葉が外された点。

これがどのような意味を持っているかは明確ではない。

 

しかし、現在の司法制度には代用監獄の問題や、密室で長時間、脅迫的な取り調べが行われる問題など、多数の問題がある。

人権が守られる、ということが刑罰を行う上での最低条件である。現在の日本の司法制度のもとで、警察権限を強化することの意味を、我々は考えるべきではないか。

歴史から学ぶのであれば、曖昧で恣意的な運用のなされる刑罰法は危険だ、ということが言えるだろう。共謀罪はあまりにも対象の幅が広い。

 

共謀罪法案は、今国会で成立する見込みとなっている。

尾崎行雄(咢堂)、バーバラ・リー、オットー・ヴェルス…政治家の栄光なき名演説

尾崎行雄(咢堂) 

尾崎行雄

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「憲政の神様」「政界の麒麟児」と呼ばれ、あまりにも偉大な政治家である尾崎行雄。

尾崎は、日本が日中戦争の泥沼に引きずり込まれる直前、「正成が敵に臨める心もて我れは立つなり演壇の上」と言って2時間の大演説をぶった。

 軍備はいかに充実しても国防は危うくなるということもあります。なぜならば軍備は自分だけのことである。国防というものは相手のあることでありますから、われが充実する以上にかれが余計充実すれば、比較的に国防は危うくなるのであります。これを区別してお考えを願い、また計画を立てて頂きたい。

(引用)http://ishidat.blog20.fc2.com/blog-entry-360.html

彼は常に憲政の常道に立ち、軍部の増長に反対し、翼賛政治に反対した。その後、不敬事件で有罪(二審で無罪)になりながら、戦後も議員として活動し、なんと94歳まで衆院議員であり続けた。もちろんこれは、日本で最年長の記録である。

 

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欧米にあっては討論数各夜にわたるべき大問題も、我が国においては数時間以上の討論を許さず、賛否の議論、いまだ半ばに至らざるに当たって、討論終結の声、既に四方で沸く、
我が衆議院は衆議院にあらずして表決院なり、我が国には表決堂ありて議事堂なし。

枝野幸男議員がこの討論を引用したことでも知られる。

 

民権闘争七十年 咢堂回想録 (講談社学術文庫)

民権闘争七十年 咢堂回想録 (講談社学術文庫)

 

 

バーバラ・リー

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バーバラ・リーは、全米で最もリベラルなバークレーで選出された上院議員であり、2001年、大統領への軍事権限の付与に、連邦議会でたった一人反対した上院議員でもある。

彼女の正しさは、イラク戦争の泥沼の失敗で証明された。 

1964年、連邦議会はリンドン・ジョンソン大統領に攻撃を撃退しさらなる侵略行為を防ぐために「あらゆる必要な手段をとる」権力を与えました。
本議会は憲法上の責任を放棄し、長年にわたるベトナムでの宣戦布告なき戦争へとアメリカ合衆国を送り出したのです。

トンキン湾決議にただ二人反対票を投じたうちの一人であるワイン・モース上院議員は言明しました。

「歴史は我々がアメリカ合衆国憲法をくつがえし、台無しにするという重大な過ちを犯したのだということを記録するであろうと私は信じる。次の世紀のうちに、将来の世代の人々はこのような歴史的な過ちを現に犯そうとしている連邦議会を落胆と大いなる失望をもって見ることになるだろうと私は信じる」

モース上院議員は正しかったのです。私は今日、同じ過ちを私たちが犯しているのではないかと恐れています。

そして私はその結果を恐れています。私はこの投票をするのに思い悩んできました。

しかし私は今日、ナショナル・カテドラルでのとてもつらいが美しい追悼会の中でこの投票に正面から取り組むことにしたのです。

牧師の一人がとても感銘深く語りました。

 

「私たちは行動する際には、自らが深く悔いる害悪にならないようにしましょう」

 

 ありがとうございました。

(引用)http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/5b4538e4ded14cbcb148d863afc1e373

 

オットー・ヴェルス

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By Unknown (Bain News Service, publisher) [Public domain], via Wikimedia Commons

 

オットー・ヴェルスは、ワイマール共和制の社会民主党の政治家で、ヒットラーが第等し続ける中、強硬にストライキなどで議会政治を守ろうとした。

ヴェルスは、全権委任法(授権法)に反対演説を行ったことで知られる。

この歴史的な瞬間に、我がドイツ社会民主党は人道、正義、自由、そして社会主義の原理に誓う。全権委任法が諸君らにこの永遠不滅の思想を破壊する力を与えることはないと…ドイツ社会民主党もまた、この迫害から新たな力を得るだろう。我々は迫害され服従させられた人々、国内の同志たちに声援を贈る。彼らの不動と忠誠は称賛に値する。彼らが忠誠と信念を維持する勇気は、輝かしい未来を保障する。

 

君たちは我々の生命と自由を奪うことができる。しかし、我々の名誉を奪うことはできない。

ヴェルスは大戦前にパリで亡くなったが、社会民主党は戦後に復活し、今も二大政党の一角として勢力を残している。

 

 正しかった政治家達

栄光なき演説は、歴史を変えなかったかもしれない。しかし、その生き方こそは、高背の我々に何かを訴えかけてくれる。

我々は歴史の岐路に立った時、果たして正しい選択が出来るのか。それが問われている。

二大政党制とはなんだったのか?小選挙区制を考える

日本における二大政党の歴史を探り、機能する政党政治を考える

日本でなぜ二大政党制がもてはやされたか

モーリス・デュヴェルジェの功罪

デュヴェルジェの法則、という言葉を聞いたことはあるだろうか。

デュヴェルジェの法則 - Wikipedia

各選挙区ごとにM人を選出する場合、候補者数が次第に各選挙区ごとにM+1人に収束していく、という法則。

1950-60年代にモーリス・デュヴェルジェが唱えた。 

かつてはデュヴェルジェという人は大変な影響力があり、彼は二大政党制を最も優れた政党制だと主張した。

それ故、日本の政党制や政治制度は劣ったものであり、アメリカやイギリスの二大政党制が優れている、という風潮が、日本にかつて存在していた。 

その後、サルトーリにより多党制が見直されていくことになるが、二大政党制の神話は長く続くことになる。

 

英国政治の信奉者・小沢一郎

そこに現れたのが小沢一郎だった。小沢一郎は、日本政治において最も英国政治に傾倒した政治家だった。

彼は、日本の政治家の中で唯一、選挙制度を変えるだけの権力と、既存政治を変革したいという明確なビジョンを持っていた。 

日本改造計画

日本改造計画

 

 

 

新進党の躍進と崩壊

そして、細川・羽田政権の後、新進党が生まれる。

新進党は、まさに小沢のビジョンを体現したような政党であった。当初小沢が「保守党」と党名を付ける予定だったことも分かる通り、保守二大政党制、という小沢の構想のもとに成り立った党であった。

 

しかし、結局のところ、新進党は公明党とのゴタゴタや党内抗争で瓦解してしまう。

新進党解党の後に第一党となった民主党は、当初社民・さきがけの新党(社さ新党)としてスタートしたが、小沢自由党との合併などもあり、徐々に保守色の多い議員も増え、左右のイデオロギーがはっきりしない政党に変容していく。

最後は小沢も党を離れ、二大政党としての民主党は瓦解した。

 

民主党を見つめ直す 元官房長官・藤村修回想録

民主党を見つめ直す 元官房長官・藤村修回想録

 

 

保守二大政党制という幻想

「保守二大政党制」というのは未だに根強い幻想として識者に取り上げられるようだが、これほどリアリティのない話はない。

「自民党より右に軸を作る」と息巻いた政党が歯抜けになり、結果的には自民党に続々と復党していることを考えれば、巨大な利権集合体としての自由民主党が消滅したり分裂することはありえないだろう。

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なぜ二大政党制が機能しないか

各党の基礎票の差

二大政党制が成立するためには、二つの政党の力がある程度拮抗していなければならない。しかし、当初より民主党はほとんど利権の基盤がなく、その基礎票には大きな差がある。

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各党の、直近で最も悪かった衆院・参院の比例得票数は下記のような形である。

これが、おそらく基礎票(天地がひっくり返っても支持政党に投票する層)だろう。

自民党 

1881万票(2009年衆院選)

1407万票(2010年参院選)

 

民主党・民進党   

962万票(2012年衆院選)

713万票(2013年参院選)

 

それに加えて、野党・与党で見ると、下記の政党が存在する。

公明党

700万票程度で安定

 

共産党

450万票前後

 

社民・自由など

100万票前後

 

左派政党が獲得しなくてはならない浮動票

衆院で考えれば民進党の基礎票が950万、共産党が450万票で1400万票、対して自民党+公明党の基礎票は1800+700万票で、2500万票である。

つまり、基礎票で考えると、比例には1000万票以上の差がついている。

自民党は大敗した2009年衆院選でも1800万票も獲得しているのに対して、民主党は連合をかき集めても1000万票にも足りていない。

現在の野党は、自民・公明よりも1000万票も多く浮動票を獲得しなくてはならない。これは、かなり大きな差である。

 

アピールの難しい野党

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それに加え、党議拘束が極めて強いという日本の制度上、野党が提案した法案が通る可能性は可能性が少ない。

アピールする手段は、強行的なものにならざるを得ず、今の日本の有権者にどれほど受け入れられるかには疑問符がつく。

 

候補者の質が下がる

また、「振り子現象」により、大量の新人議員が当選する現象が起きている。

これにより当選した2005年衆院初当選組(小泉チルドレン)、2009年初当選組(小沢チルドレン)、2012年初当選組などの不祥事は、ご承知のとおりだろう。

また、世襲じゃないので選挙に弱く、結局のところ定着した議員が極めて少ない。振り子が起こってもなお勝ち残るのは、世襲の地盤が強い議員である、というのは皮肉な話だ。

 

どのような議会を作っていくべきか? 

小選挙区とはそういうもの?

小沢一郎氏の考案した小選挙区は、基本的には思うとおり機能している。強い党議拘束はマニフェストを実現させるための最低条件であるし、候補者の入れ替わりが激しいのは、新陳代謝を促す、という効果をある程度上げている。

そして、何より岩盤のような自民党の地盤を崩し、2009年に政権交代を成し遂げたことは、小選挙区の最大の効果であったといえるだろう。

しかし、それ以上に、小選挙区が果たして日本の政治制度の中で機能しているのか?という点には疑問符がつく。

それは、日本の有権者が望んでいたのが、対立軸を明確にした二者択一(アリーナ型議会)というより、利益代表としての議員が議論をすりあわせていく(変換型議会)であるからだ。

結果的に利権はほとんど保守政党から離れなかった。そして、リベラル的な政策は審議されることなく置き去りにされている。

 

リベラル的な政策は必要とされている

小沢一郎が構想していたのは、保守二大政党制である。しかし、「保守が割れる」というのは結果的には幻想で、小選挙区により、自民党は上意下達の強力な官僚的政党に変貌してしまった。

とすると、やはり左派 vs 右派の伝統的な二大政党制を目指す他ないのではないか。そのためには、左派の緩やかな連合体と巨大な利権を持つ保守(&創価学会)という枠組みの中で戦うほかないだろう。

 

日本に必要なのは、目先の経済成長だけではない。2050年には1億人を割り込むと呼ばれる人口問題こそ、最大の課題である。

民主党政権は子ども手当を掲げて結果的には失敗したものの、子育てに対する直接保証はドラスティックに行うべき政策であり、自民党では実現が難しい種類の政策だ。

左派がいい、右派が悪い、という話ではない。どのような政党であれ、実現出来る・出来ない政策はあるのだから。だからこそ、議会制民主主義の中では、適切な形で権力の交代が起こる必要があるのだ。

日本は1955年より一貫して保守政党が政権を取っており、その後現れた政党も保守的な色彩が強かった。そのため、左派的な社会保障、特に助成に対する子育て支援の整備が立ち遅れた。その穴を埋めるためには、権力の交代が必要になる。

 

機能する二大政党のために

日本に小選挙区が合わない、という話もあるが、小選挙区制は世界の殆どの国で採用されている議会制度であり、これが必ずしも悪であるとはいえない(例えばドイツの制度など、参考にできる部分はあるが)。

むしろ、中選挙区時代からの脈々と受け継がれる地盤・金脈が問題ではないだろうか。

日本は世襲議員の割合が異常に高い、世界でも特殊な国である。この点にメスが入らない限り、本当の意味での機能する小選挙区の実現は難しい。

 

そのために、企業・団体献金の禁止など、より権力の継承を断ち切る議会改革が必要だろう。政党助成金制度と、企業団体献金の廃止はセットであったはずだ。

www3.nhk.or.jp

 

とはいえ、こういった政策を実現するような「与党」が今後現れるかどうかは、たいへん大きな疑問ではあるが。

金田勝年法務大臣の迷答弁から考える、共謀罪の本質的な危険性

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 金田勝年法務大臣の答弁は国会でも二転三転し、多数の迷言が出ている。答弁を振り返るとともに、共謀罪審議の問題点を考える。

 

金田大臣答弁一覧

成案を得た段階で…(一〇回目)

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「私の頭脳の問題」答弁

 

キノコを採って暮らす犯罪テロ集団とは

www.youtube.com

迷答弁。キノコ狩りをしたらテロリストなのか?(海産物なら問題がないようだ)

 

一般人は捜査の対象にならない

www.youtube.com

「一般人は捜査の対象にならない」答弁。法務副大臣はこれに対し「嫌疑がかかった時点で一般人ではない」という論理構成で法務大臣を擁護せざるをえなくなった。

 

花見と下見答弁

  

日本の司法にある問題点とは

ここまで金田大臣の答弁内容を振り返って来たが、これは金田法務大臣を直接糾弾する意図で行ったものではない。

金田勝年氏は元大蔵官僚であり、一橋大学を出たエリートである。彼は決して頭の悪い人間ではないはずだ。

問題は、このような答弁をせざるを得なくなるほど、政府の立法がずさんである、という点にあるのではないか。

どのような人間を逮捕し、捜査するのか、共謀罪法案に関してはほとんど線引きがされておらず、共謀罪の立法が「可能な限り誰に対しても適用できるように」構成要件を定義されているように見える。

だからこそ、穴が全く埋まらないまま、大臣が迷答弁を繰り返さざるを得なくなっている。

 

通信傍受法の適用拡大

一つ触れておきたいのは、昨年成立した改正・通信傍受法である。

これは、厳格に適用されていた通信傍受を、第三者の立会いなしに可能にするものだ。

共謀罪という計画段階での逮捕となれば、当然通信傍受が必須になるわけで、この改正と、共謀罪法案の成立はセットであると考えるべきだろう。

妙なのは、通信傍受法で定義されている犯罪要件よりも、遥かに共謀罪のほうが要件が広いことである。盗聴せずに一体どうやって共謀を察知するのか。

通信傍受による捜査が許容される犯罪
  • 薬物

  • 銃器

  • 集団密航

  • 組織的殺人

  • 殺人

  • 傷害

  • 放火

  • 誘拐

  • 逮捕監禁

  • 詐欺

  • 窃盗

  • 児童ポルノ

 

共謀罪での対象犯罪

www.huffingtonpost.jp

  • 277の犯罪(森林法違反や著作権法違反、種苗法違反などを含む)

 

強硬に反対される取り調べ可視化 

また、通信傍受法の改正と抱き合わせで一部導入された取り調べ可視化だが、何故か警察は全面的な可視化は強硬に拒んでおり、一部警察の指定したタイミングのみの可視化、という形でしか導入されていない。

警察は未だに密室で取り調べを行っており、不当な取り調べが問題になったケースは数多い。

 

近年もある不当な取り調べ

biz-journal.jp

 

「答えろ、答えろ、答えろ」

「これは命令やで」

「80まで生きてそれか。くだらんな、不毛や」

「人間やっぱり年っていうたら、プライドだけが残るな」


 刑事のこんな言葉が延々と続く取り調べ。

 

死刑冤罪という最悪の結果を産んだ袴田事件

www.asahi.com

 

また、死刑判決が出た後冤罪がわかった「袴田事件」でも、違法というほかない取り調べが横行していた。

被疑者の人生を左右する取り調べが決して適法に行われていないのは由々しき問題であり、真犯人を逃すリスクも高い。

 

代用監獄問題と高い有罪率 

更に、日本については、高い有罪率も懸念されている。

keisaisaita.hatenablog.jp

実体裁判件数58353件,無罪判決122件。 これを元に計算すると真の有罪率は,「99.79%」となります。

日本の警察が神がかり的な捜査能力と絶対に冤罪を生み出さない判断力を持っているのか、無罪の人間を有罪にしているのか。

死刑事件ですら冤罪が出ていることを考えれば、後者と考える他ないだろう。 

 

ここで詳しく述べないが、いわゆる代用監獄問題も決して見逃せる問題ではない。

news.livedoor.com

 

共謀罪問題の本質とは

日本の司法には様々な問題があるが、それは警察の権限が小さいことによって発生しているわけではない。むしろ、権限が過剰に大きく、被疑者や受刑者の権利が勘案されていない事によって起きている。

その中で、共謀罪法案は、テロ対策のために厳密に運用される法案ではなく「怪しいやつは犯罪者だ」というレベルで警察が捜査・検挙できるようにするための法案ではないか?と懸念されている。

厳密に運用する気持ちがないからこそ、大臣答弁も空虚になっているのではないか。

少なくとも、国民の懸念が払拭されたとは言い難い答弁だろう。

 

異常に高い有罪率、不当な取り調べ、代用監獄など、近代の人権に照らして未熟な日本の司法や警察組織が、フリーハンドに近い捜査権限を手にするのだ。

これは、かなり恐ろしいことではないだろうか。

意外と珍しくない? 世界の「与党・共産党」

世界では、与党になっている共産党もいくつかある

日本の共産党といえば、「確かな野党」というイメージが強いかもしれないが、世界で見ると、与党となって閣僚を送り込む共産党・共産主義系政党も少なくない。

 

イタリア

オリーブの木とダレマ内閣

マッシモ・ダレマ

Presidency of the Italian Republic [Attribution], via Wikimedia Commons

 

かつて、西側最大の共産党勢力は、イタリア共産党だった。

イタリア共産党は改称して左翼民主党となり、その後「オリーブの木」構想によって左翼の大同団結の機運が高まり、巨大な左翼連合が誕生することになった。この時首相に就任したのがマッシモ・ダレマである。

オリーブの木は、後の民主党の礎を築くことになった。

プローディ内閣

ブローディ

Presidency of the Italian Republic [Attribution], via Wikimedia Commons

 

プローディ内閣では、下記のように多くの共産系政党が与党連合を組んだ。

  • 民主党(旧共産党)
  • 共産主義再建党
  • イタリア共産主義者党
  • イタリア急進主義者

旧共産党系の民主党が中核となっただけではなく、上のように、教条主義左派である共産主義再建党すら連立政権入りした。

(残念ながらすぐに瓦解してしまったが)

現在も続くイタリア民主党政権

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5c/Presidente_Napolitano.jpg/200px-Presidente_Napolitano.jpg

Presidency of the Italian Republic [Attribution], via Wikimedia Commons

 

2006年にはイタリア共産党出身で、議員団長を務めたジョルジョ・ナポリターノが大統領に就任。強い支持を得て二期を務めた。

現在の首相はマッテオ・レンティであり、第一党は民主党である。共産党の末裔である民主党が未だに政権与党であるのは、西側では異例のことだろう。 

 

インド

マンモハン・シン政権

マンモハン・シン

By World Economic Forum [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

インドでは、マンモハン・シン政権を支えるためにインド共産党とインド共産党(マルクス主義派)などを中心とする左翼戦線が閣外協力をしていた。マルクス主義派、と名乗る中では世界でも最大の政党ではないか?

現在でも一定の勢力を保持しており、国民会議と人民党の間でキャスティングボードを握ることも多い。 

 

ブラジル

ジルマ・ルセフ政権

ジルマ・ルセフ

By Roberto Stuckert Filho/Presidência da República (Agência Brasil) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons

大統領を罷免されたことでブラジルを大混乱に陥れたジルマ・ルセフ政権だが、ブラジルの与党・労働党は共産党と共同歩調を取っており、共産党はルセフ政権でも閣内に党員を送り込んでいた。 

アルト・レベーロ科学技術大臣

アルト・レベーロ

By Antonio Cruz/ABr (Agência Brasil [1]) [CC BY 3.0 br], via Wikimedia Commons

共産党のレベーロ氏は一時は大統領代行に就任していた。

 

キプロス

フリストフィアス

Kremlin.ru [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons

キプロスでは、マルクス・レーニン主義政党である労働人民進歩党が合法的選挙によって与党第一党になったことがある。

その際に大統領だったのが、ディミトリス・フリストフィアスだ。彼はソ連時代のモスクワ留学までした無神論者で、欧州では異例のことだった。

フリストフィアスは金融危機に際し、稚拙な対応で経済を悪化させ、退陣することとなった。

まとめ

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民進党の細野豪志衆院議員は以前、下記のように述べられていた。

共産党との選挙協力について「米国の方々は民進党が共産党と協力をするというと違和感を持つかもしれないが、共産党と政権をともにすることはあり得ない」と強調した。

しかし、共産党が与党に閣内・閣外協力するケースは各国で存在する。それらの国で民主主義が放棄されていることはない。 

共産党が躍進し、野党第一党の民進党が苦戦する中、ファクトに基づいた冷静な議論が必要なのではないだろうか。