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大義なき解散、大義なき解党 ー 民進党の解党に寄せて

民進党が事実上の解党に踏み切った。

 

前回政権で、現実性のないマニフェストを提示して期待を裏切ったという点を踏まえて、愚直に「All for All」の政策を訴えていくように見えた前原新体制は、結局のところ民進党という党を解党することで終わってしまうようだ。

民進党が解党するべきではない、ということは拙稿にて述べた。このように政党を作っては壊し、ということをしていては、日本の政治は時計の針を逆に進めるだけであると考えている。 

 

 

一国の野党第一党が、政策も何も決まっていない政党に吸収合併される(しかもその政党が躍進しそう)というのは、端的に言って国家の恥であり、危機ではないか。

このようなプロセスでもし政権交代が起こるとしたら、行き当たりばったりの政党に政権を委ねることになるだろう。

 

安倍政権が立憲主義に反し、また様々な形でプロセスを無視した政権であったことは論を待たないが、その政権を倒すためにそれ以上にプロセスをすっ飛ばしたことをやることが、本当に国益に資することだろうか。

前原民進党にとって、現実的に選挙に勝つ上ではこの選択肢が最も正しかったのだろう、とは理解している。

だとしても、「ただ政敵に勝つためだけの解散」を批判した口で、「ただ政敵に勝つためだけの解党」を擁護することは出来ない。大義なき解散が許されないなら、同時に大義なき解党も許すべきではないからだ。

 

 

日本政治の構造

直近数年間の総選挙で、最も低かった比例の得票数を比べてみよう。

 

民主党・962万票 vs 公明党・711万票 + 自民党・1662万票  = 2374万票

(いずれも2012年総選挙)

その差は1412万票となる。自民党は2009年のいわゆる「政権交代選挙」でも1800万票を獲得している。「何があっても自民党に入れる/公明党に入れる」基礎票が堅いわけだ。対して、民進党はせいぜい1000万票くらいしか基礎票がなく(2013参院選では850万票程度)、それすら今回の選挙では減らすと思われていた。

民進党は結党以降左派的色彩を強め、政策的にも左派リベラルな物を掲げた民主党・民進党の支持は伸びず、逆に共産党に支持を奪われる結果となったからだ。

 

自公政権に対峙する政党は、この1400万票あまりの基礎票の差を埋めるという困難なミッションと向き合うことになる。

日本の左派リベラルは弱く、またハードレフトは共産党に固められているため、必然的に左派的な政策だけでは得票できない。結果として旧民主党にせよ、新進党にせよ、政策的には混沌とした物になる。

最終的には日本の最大を占める「無党派」、つまり政治に対しての関心が薄い層に対して訴えていくため、ポピュリズム的に総花的・八方美人な政策を掲げることになる。その結果が2009年の民主党の「埋蔵金」を当て込んだマニフェストであった。

これは55年体制以降一貫して続いている日本の構造的な問題である。 

 

本来であれば、この基礎票の差を愚直に埋めるために、整合性のある政策を訴え、支持を広げていくのが野党の役割だったはずだ。

イギリス労働党が18年に渡り政権から遠ざかっていたが、ブレアという新しいリーダーを選びその後の長期政権の礎としたように。

何度も語るとおり、政党というのは、ともすれば短期的な視野に陥りがちな議員をまとめ、一貫性を持ち、長期的視野で政権交代の準備をすることが役割なはずだ。

数年で作ったら潰れたりする政党が長期的な視野を持つことは不可能だ。

 

メディアの責任も重い。

テレビをつければ、小池知事や前原代表のことを「勝負師だ」と褒め称えている。こういう人は安倍政権の解散に関しても「勝負勘」だなんだと語っている。

しかし、選挙というのは丁半博打ではない。「これで選挙が面白くなった」と喜ぶのは、明らかに本末転倒ではないか。

メディアが本来伝えるべきは、どっちが勝つかな?負けるかな?なんていうスポーツコーナーまがいのことではない。CNN であれ BBC であれ普通はそこを突っ込んで聞く。日本のメディアは前原氏にも小池氏にも優しい。「政策を投げ捨てるなんて恥を知れ」と聞く人が一人くらいいてもいいはずだが、誰もいない。

政局が盛り上がれば猫も杓子も歓迎する「政局屋さん」たちの罪は重いのではないか。

 勝負だなんだと言う前に、原理原則的に、選挙というのは政策を選ぶものであるということを、少なくともメディアの側は徹底して訴えていくべきではないか。

 

「政権担当能力」と小池知事

安倍総理の五年間の最大の成果は、日本の為政者は、国民の疑問や不満に真摯に答えずとも政権の運営が出来る、ということを示したことだ。

政権が長期化すると、それに比例する形で政権は強権的になり、仮に一時的にあらゆる手段を使って法案を成立させ、国会を閉じておけば支持率が回復する、という手法を編み出した。

このような手法は長期的に考えれば、明らかに国益を損ねるはずだが、総理はそれでも自分の政権が続き、野党の支持率を落とし続けることが国益である、と半ば本気で信じているフシがあった。

 

ともあれ、それが安倍総理の「政権運営」だった。そして、まさにそのように、いかに質問をやり過ごすか、いかに何も答えずに済ますか、という能力があれば、安定的に政権を運営させられることが証明されてしまった。

とすると、都政で何一つ成果を残さないまま、子飼いの議員を多数当選させ、彼らに対するメディアからの質問すら答えさせない。そんな小池知事のやり方は、「政権担当能力」を証明している、といえるのかもしれない。

私のあくまで個人的な感想を申し上げれば、小池百合子氏の最大のスキルは、嘘をついても支持が落ちず、まるで前言を信じてついてきた側が道化に見える、ということだ。

音喜多駿、若狭勝、細野豪志のように。だから、前原誠司代表が騙されたとしても、決して小池氏の支持が落ちることはなく、ただ民進党が嘲笑されるだけに終わるだろう。そしてその可能性は決して低くはないと考えている。

 

まあ、こんな場末で何を言っていたとしても、何も動かないだろう。

この記事をわざわざ最後まで読んでいる時点であなたも私も変わりものだ。そんな我々とは関係のないところで政治は動いていくのだ。

民進党は変わり者のための政党から、無党派のための「政権交代可能な政党」に生まれ変わるのかもしれない。小池知事のカンバンだけを借りて。

 

しかし、だとすれば一体、党員サポーターを総動員し、「政党の命は理念、政策だ」と言っていたあの代表選はなんだったのだろう?

「勝たなければ何もできない」それは事実かもしれない。しかし、前原氏にとって、自分たちが掲げた政策とはそれほど軽いものだったのか?

それで政権交代をして、一体何を成し遂げられるのか?

 

まあ、そんなことは永田町の人たちにとってはどうでもいいのかもしれない。しかし、与党が「解散に理由なんていらない、勝てそうだからだ」と考え、野党が「解党に理由なんていらない、そうしないと負けるから」と考えたとすれば、それはやはり、国家としての敗北といえるのではないだろうか。