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出会い系バーと文書の真偽は何ら関係ない。前川喜平・元事務次官の会見について

その日、私は文字通り驚愕した。

既に辞任した官僚の、私的な行動が、日本最大の新聞社の社会面に堂々と乗っていたのだ。週刊誌でもやらないような報道だ。既に辞任した事務次官の個人的行動にニュースバリューは大してないはずだ。

 

左右の思想の違いはあれど、これは明らかにジャーナリズムの一線を踏み越えた報道ではないか。

前川氏が何を語ったのか

まず申し上げたいのは、前川氏が極めて理性的に、かつ穏健に事実を語られていたことだ。

前川氏は、倒閣をしたいとも語っていない。誰かの責任を追求しようとも思っていない。松野大臣に関しても、自分の上司であったということだろうか、「気の毒だ」とおっしゃっている。

全体的に、文科省の後輩に対して大変配慮をされた内容であったのではないか。

では、なぜ前川氏は、わざわざリスクを負ってまで会見を開かれたのだろうか。

在職中に存在していた文書。確実に存在していた。あったものをなかったことにはできない

会見中のこの発言が全てではないだろうか。一つだけ、前川氏の発言の中で、伝えたかったことがあるとすれば、それは「文書は実在した」このたった一つである。

更に語られたもう一つの重要事項

もう一つ、前川氏が語った重要事がある。

  • 人材需要があるということが明確にならなくてはいけないが、明確になっていない
  • 四つの条件が必要である、ということが閣議決定されている。
  • 加計学園は、その四条件全てに合致していない。

つまり、当時の文部科学省(の事務方のトップ)は、このように加計学園が閣議決定に反していると明確に認識していたのだ。

にも関わらず、加計学園の国家戦略特区は認められた。これはとても重要なポイントだろう。

 

前川氏が言いたかったこと

私は、率直に言えば、文部科学省に対していい印象を抱いていない。日本の文部行政は失敗だらけだったと考えている。

更に、前川氏は天下りで辞任したわけで、その問題に関してはやはり、一定の責任があるだろう。

また、この「貧困の現場を知りたかった」というのが、にわかには信じがたい話であるのも事実である。だが、そんなことは全てどうでもいい。

 

仮に彼が出会い系バーに毎日出入りしていようが、援助交際をしていようが、それは証言の信憑性には影響しない。法的な問題があるなら法的な場で決着が付けばいい。

 

なぜ関係ないか。これは「元事務次官」としての発言だからだ。元事務次官が話している、その事自体が重要なのであって、彼の人間性は重要ではないのだ。

例えば、交通事故の目撃者がいるとしよう。彼が不倫をしていたら、目撃証言は無効になるだろうか?

 

前川氏は、文部科学省の事務方のトップであった。事実上、彼以上にこの問題に関して信頼性が持てる人間は存在しないはずだ。

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菅官房長官の「地位にしがみついていた」という発言は全く的はずれだ。

事実に答えずに告発者の人間性を貶めるのは、最も汚いやり方ではないだろうか?

 

文章は事実であった」これが前川前次官が訴えたかったたった一つのことであり、そしてこれは、ここまでの証言を見る限り否定しがたい事実である。

否定するなら、文部科学省と官邸は相応な調査をすべきだろう。しかし、その様子は全く見えない。つまり、現時点では事実であると考える他無い。

それが、前川氏があらゆるリスクを背負って発言した意味である。

 

前川氏の発言を最後にもう一つ紹介する。TBSのインタビューでの発言だ。

政府の中でどの様に意思決定が行われているのかを国民が知ることは民主主義の基本の基本。決して内閣の転覆を考えているわけではない

文部科学省は、一貫して「確認できていない」と語り、官房長官は「怪文書」と語る。白黒や真偽をはっきりする努力すらしていない。

これで民主主義が成り立つのか?という前川氏の指摘は正しい。

 

民主主義の前提は、事実が事実として認められた上で公平な議論がされることだ。事実が事実として機能しなくなれば、当然司法も立法も機能しない。

司法も立法も機能しなくなれば、その国家は民主主義国家とは呼ばれないだろう。

 

政府は、事実に明確に答えるべきだ。事実は誰が語ろうが事実だ。語り手の信用を貶めることで、真正面から議論に応じなくてもいい、と政府が考えているのであれば、それはあまりにも拙劣な対応であると言わざるをえない。

真理はたいまつである。しかも巨大なたいまつである。 だから私たちはみんな目を細めてそのそばを通りすぎようとするのだ。 やけどする事を恐れて。

ゲーテ