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野党が果たすべき役割とは?日本の野党が弱い理由と共に考える

日本の野党はなぜ弱いのだろうか?

この問いに答えるのは簡単なようで難しい。なぜなら、日本の議会制度を紐解かなくてはいけないからだ。

今回は、歴史的な経緯を踏まえながら、日本の野党が構造的に弱くなる理由と、これから日本の野党が目指すべき道を考える。

 

小選挙区制における野党

レイプハルトによる定義

オランダの政治学者、アーレンド・レイプハルトは議会制民主主義には大きく2つのタイプがあると言った。ひとつは多数決型(ウェストミンスター型)、もうひとつはコンセンサス型だ。

 

イギリス庶民院

多数決型議会の代表・イギリス庶民院

 

 

ドイツ連邦議会

コンセンサス型議会の代表・ドイツ連邦議会

 

多数決型の代表はイギリス、コンセンサス型の代表はドイツだ。

 

日本の政治は長いこと英国議会、多数決型による二大政党制を一貫して範としてきた。特に、90年台末の政治改革の多くは英国式をモデルにした。

 

党首討論や副大臣制度、政府委員の廃止などにより国会が活性化したのは事実だ。

 

二大政党制とは

さて、日本はイギリスを範としてきたと述べた。しかし、イギリスのような多数決型における二大政党制というのは「野党の政策が反映されない」政治形態でもある。

 

例えばドイツ連邦議会のような連立を前提とした制度であれば、一政党が大勝することはない。政府は連立内閣を汲むことで多様な意見を反映し、少数者の声は反映されやすい。

 

それに対し、イギリスは単純小選挙区制であり、与党は極めて長い期間政権を保持する。その期間中に野党は徹底的に批判するし、政権をとった後に前政権の政策をひっくり返すことも多い。

 

 その典型はサッチャーだ。

Margaret Thatcher

 

彼女は徹底的に労働党の政策を否定し、民営化を推進した。

 

サッチャーに見られる通り、多数決型議会において、首相の権力基盤は強力だ。一方、それと同じく野党の党首も次期首相だという前提で扱われるのが特徴だ。

 

 

多数決型の選挙で与党が負けるときは、酷い負け方をする。カナダでは政権与党がわずか2議席しか取れないことがあった。

 

イギリスでも「保守党は死んだ」「労働党は死んだ」というセリフが度々語られるが、一〇年位するとやはりまた政権交代の風が吹く。

 

大雑把に言うと、多数決型議会における野党の役割は「徹底的に批判し、次の選挙において勝利をもたらすこと」であり、コンセンサス型における野党の役割は「ネゴシエーションにより政策を反映すること」だ

このように、二つのタイプには大きな違いがある。

 

 

自民と小選挙区

自民党の抱きつき戦略

自民党は、国民のニーズが有る政策を積極的に取り入れ、争点をなくす戦略を歴史的にとってきた。「抱きつき戦略」だ。

これは、多数決型議会においては異色のことだ。

 

福祉もやり、道路も建物もたくさん作り、改革の機運が高まれば行革もやる。近年の一億総活躍における「介護離職ゼロ」や「出生率1.8」なども争点を無くす戦略だ。

 

自民党に明確な党是はない。改憲すら統一した見解とは言い難い。少なくとも、かつての自民党は多数の派閥の連合政権だった。(一つ党是があるとすれば「反共」か)

 

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「河野談話」河野洋平も、「福祉元年」田中角栄も自民党だ。良い言い方をすれば「総合政党」「国民のニーズに敏感に反応する政党」、悪い言い方をすれば「大衆迎合的な政党」だ。

 

自民党は同じ党の中で投票者を選ぶ長い中選挙区制の中で、「パーソナルボーティング」の仕組みを築いた。

党の名前ではなく「お世話になっている議員さん」に投票させる仕組みだ。中選挙区制のもとで培われた強固な地盤はその後も世襲などを重ねながら引き継がれ、親子三代自民党、なんていうケースも少なくない。

この結果、党よりも派閥や議員個人の後援組織が強くなり、それらを政権に均等に入閣させることで均衡を保つことでバランサーとして担保していた。

 

争点のない政治

さて、そういう状況で二大政党制を志向するのは極めて難しい。争点がないからだ。

 

例えば、自民党が「福祉政党です」と主張するなら「ならば我々は教育に使います」という言い方はできる。しかし、前述のとおり自民党は歴史的に総合政党たることを目指し、「教育も福祉も財政再建も全部やります」という主張をしてきた。

 

そこに党としての明確な優先順位ははなく、政権が変わるごとにその首相のカラーや時代のニーズに合わせてアドバルーンを上げてきた。

二大政党制なら行われるべき真っ向からの本格論戦がほとんど無いので、どうしても有権者からは、ちまちましたコップの中の争いに見えてしまう。

 

しかも、民進党は政策的にねじれた部分がある。連合を母体とする社会党系の思想と、松下政経塾を源流とする日本新党系、さらに自民党から新生党と渡り歩いた、反金権政治の政治改革派議員もいる。民進党も総合政党(のなりそこない)だ。

そうして、結果的にコアの支持層が見つからず、労組系の組織票か議員個人の地盤に頼ることになる。

 

争点がないという問題は政権交代前の選挙(例えば郵政解散など)でも顕著であった。にもかかわらずかつて民主党が得票を伸ばしてきたのは、長い自民党政権への失望と、政権交代への見えない期待だ。

小沢氏は徹底的に政権を批判することで勝利したが、その後民主党は再び争点を失い、大敗した。得票率が伸びないのはある意味、当然ではないか。

 

民進党は何をすべきか

民進党はしっかり政策をかかげて一つになるべきだ、というのは正論だろう。しかし、日本の制度的にカラーを明確にして取れる議席は数十議席だ。これは二大政党の一角には成り得ない。二大政党を志向するなら、両党には多様な思想信条を持った議員が必要であろうし、有権者が党の純化と対案提出による政策実現を求めるなら、本来は様々な政党の連立を前提とした選挙制度へと改革することが必要なはずだ。

50年間一貫して政権の座にあった自民党は、よくも悪くも無色透明な国民政党だ。また、階級対立が明確にない日本では自民党 vs 民進党という構図自体が描きづらい。つまり、日本では二大政党自体がそぐわないのかもしれない。

 

多数決型議会において野党に出来ることはない。つまり、議員一人ひとりが国会においてしっかりと政府の失策を批判し国民の前に開陳するという立法府における議員の本来の仕事をやるしかない。その成果が問われるのは、政権が不安定になった数年後のことだ。

 

野党に対する「対案を出せ」という批判は全く的はずれだ。野党の対案は理論的には必ず否決される。立法府は出された法案に対する審議の場だ。

絶対に通らない法案を作る、ということは、パフォーマンス以外の意味を持ちえない(本当に法案成立が目的なら大連立すれば良い)野党議員主導で超党派の議員立法が成立するケースは度々あり、むしろこういった事例を増やすべきだ。

 

優秀で質問能力の高い議員は、与党にも野党にもたくさんいる。ワイドショーでは報じられないかもしれないが、国会では様々な思想信条の議員がバッターボックスに立ち、明日の我々の生活を決める沢山の議論が今も行われている。

イデオロギーを超えた政治というのは、国民が立法府における議論をきちんとキャッチアップし、個々の政策に明確な意見をもつことから始まる。